1998年 劇場用映画 『ポルノスター』


PRODUCTION NOTE

『王手』で男の勝負の世界、『ビリケン』で下町の人情を描いた脚本家、豊田利晃が初監督作品に選んだテーマは凄まじいまでの暴力だった。
豊田監督は千原浩史なしではこの映画は成立しえなかったという。雑誌の取材で千原に出会った豊田監督は、その頃ちょうど暖めていた企画にぴったりの逸材を見つけた。こうして5年の年月を経て『ポルノスター』は出来上がったのだ。
「会ったその日から家に泊まりに行く位仲よくなって、その間、一緒に飲んだり、旅行行ったり、漫画呼んだり。有意義な5年間だった」と豊田監督は語る。
『ポルノスター』は1998年の5月から約1ヶ月の間、渋谷の路上でオールロケで撮影された。ナイフで起きた少年犯罪が増加するなか、『ポルノスター』を製作すること自体に危惧の声も多かった。「それでも」と豊田監督は言う。「僕はセンセーショナルなことを狙って作ったわけじゃない。僕の周りには実際に、人を刺したヤツや刺されたヤツがいた。バタフライナイフを普通に皆が持ってて、普通に普通に使ってるっていうだけで、それがリアリティがあるということなら、別に武器はなんでもよかった。」スクランブル交差点を歩いていて、ライフルで人を撃ち殺したくなるという気分を味わった事のある人は少なくはないだろう。そんな悪意をこそぎとって、エンターテイメントとして私たちの前に提示する豊田監督。本作には千原兄弟として活躍しているコメディアンの千原浩史をはじめとし『JUNK FOOD』の試写を見てほれ込み、その場にいた山本監督に「あの俳優をください」と頼み込んだという鬼丸や、「ルパン三世みたいな」モデルのKEE等、個性的な面々が登場している。「荒野と龍雄の乱闘シーンで千原の足の小指が反り返っちゃって、骨折れたかって!?ってプロデューサーが青くなったり、ここだっていう絶妙のタイミングで風が吹いてきたり、荒野と上條がトンネルを歩いているシーンで『千原さん、鬼丸さん』と女の声で呼び掛けられたり。そこには人なんていなかったのにさ。そういう現場ってあるんだよ。だから映画は楽しいね。脚本書くのも楽しいけど、監督をやるほうが楽しいよ」。